酒造業界に身を置く私にとって、特に「クラフト・ムーヴメント」とよばれるここ10年ほどの小規模醸造所・蒸溜所の誕生は、疑う余地がない世界の潮流である。
大量生産の規格品時代が終焉し、小規模かつ手造りの個性ある生産者が各地で生まれ、従来のコスパ至上主義的な価値観からの移行と相俟ってユニークな嗜好品が誕生している。
アメリカでは、「クラフト・サケ・ブリュワリー」が近年続々と誕生し、従来のクラシックな日本酒とは異なるユニークな”SAKE”が生まれている。
例えば、米を主原料としつつも、日本の酒税法では規制される香料やハーブ、ホップなどの添加。
クラフトビールの精神を受け継いだ、独自の醸造法。
日本にしか無い道具、たとえば甑(こしき)と呼ばれる大きな蒸し器は、炊飯ジャーを改造して代用したり、麹室という木製の部屋はテントで代用したり。
その地にしかないものをうまく工夫し、地場の環境制約を活かして独自性を発揮していく。
この精神に通底する1つの要素は、ブリコラージュ(Bricolage)である。
ブリコラージュ(Bricolage)とは、ありあわせの手段・道具でやりくりすることを意味し、 通常「器用仕事」とも訳される。
この概念は、レヴィ=ストロースが「野生の思考」と「科学的思考」の違いを説明する際に使用したことで有名だが、「野生の思考」がカオス、混沌、曖昧さを示すのに対し、「科学的思考」はコスモス、秩序、厳密姓を意味する。
酒は、一時期「科学的思考」の工業製品・規格品のような時代もあったが、現代は明らかに「野生の思考」の嗜好品の時代である。
そして、ブリコラージュとは、「野生の思考」の特徴そのものである。
道具や材料を本来の目的や用途と異なる形式で転用し、新たな目的として必要なものを生み出す。
キャンプ用品であるはずのテントが麹造りの部屋として機能したり、ビール醸造のためのホップがユニークなSAKE造りのフレーバーに使われたり、新たな組み合わせで創発されていく。
その地その地の文化に応じて、変容していく。
直近、私の酒蔵では、新たに蒸溜酒(ウイスキー)造りを開始した。
ジャパニーズウイスキーとはなにか、日本でしか造れない洋酒はなにか。
日本酒蔵によるウイスキー造りへの挑戦を計画したとき、この「クラフト」を改めて再考した。
結果として、酒米(吟醸粉)を使ったグレーン・ウイスキーや、日本酒酵母による発酵、国産ステンレス製蒸留器の改造(減圧蒸留への対応)を着想した。
参考:西堀酒造|栃木発。日本酒蔵よりこだわりのジャパニーズ・ウイスキーを
たとえば、アメリカの現地酒蔵の組合、北米酒造組合(SBANA)は、いわゆる王道の日本国内の日本酒に敬意を払いつつも、それに迎合しコピー終始し、礼賛するような発想は全く抱いていない。
彼らも、北米産ならではの独自のクラフト・サケを追究していく方針を示している。
造り手としては、当然の帰結であるし、それが自然である。
単なる王道のコピーでは、まず、造る面白さがない。
古今東西、文化や国が変われば、独自の色がつくことが当然であり造り手としての面白さでもある。
ワインやビール、そしてウイスキー。
各国の色がつくその理由を辿れば、地場産の独自性を発揮していくことは至極当然であり、世の中を面白く彩る原点である。
王道のコピーの重要性(いわゆる守破離の守から始めましょう的な発想)を説かれることもままあるが、「ブリコラージュ(Bricolage)」とクラフト精神、そして嗜好品の世界的伝播と歴史的発展を改めて考えれば、それは単なるポジショントーク、エクスキューズの1つでしかない。
方法論の呪縛、目的と手段の逆転はあらゆる業界で普遍的である。
この呪縛や視野狭窄の源泉をたどれば、「守破離」の「守」のメンタリティに端を発する。
帰着するのは、凡そ「あなたが世に刻みたい(表現したい)ものは何か?」である。
画家が白いキャンバスを前にして「そもそも自分は何の絵を描きたいのか?」と問うている様と同じである。
リゴリズム(厳格主義)を是とし、長い物に巻かれ、道を外さぬ自縄自縛の精神にある限り、永遠の「守」と画一的価値観の共同体世界観で幕を閉じる。
一方、「脱コード」や「問い」が世界創造の源泉であることは、歴史で明らかである。
だからこそ、創造の悦びを志向する者(それが面白いと感じる者)にとって重要なのは、「離」を一撃で意志行動できる勇気・度胸・自信のメンタリティである。そもそも、「守破離」という金科玉条的な例えも所詮は1つの考え方でしか無い。
アカウンタビリティ(説明責任)確保のための、業界研究や「守」の時間、お決まりの手続き作業は畢竟、パフォーマンスにすぎない。
たとえば、世の資料作成業務の大半がそれ(≒エクスキューズ)である。
生き方や行動含め、エクスキューズ(言い訳)に貴重な時間を蕩尽していることに自覚的であるか否か。
参考記事:哲学は、コスパ最強の趣味
そして、たとえ前例がなくともそこに意義があり、立ち向かう壁が高ければ高いほど、やりがいがある。
私としては、日本酒造りの叡智を込めて醸す、唯一無二のジャパニーズウイスキーの挑戦は、単なるマニュアル作業などでは全く無い。そんなメンタリティでは、まず造る面白さがなく、絶対に続かないし、やる意味がない。もっとラクな業種や仕事は山ほどある。
真のジャパニーズウイスキー造りの先に見据えているのは、日本の酒造りに光を照らすことである。
それは、日本酒蔵をルーツとする者の責務である。