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Profile2018-09-09T15:18:22+00:00

略歴

1990年生。栃木県小山市出身。

2009年、東京大学文科Ⅲ類入学、2013年文学部哲学科卒業。
東京大学硬式野球部所属(2009~2012)。
卒論→西田幾多郎の「ポイエシス」の可能性

2013年、株式会社WorksApplications入社。ERP開発に従事。

2016年、個人事業主として独立、FE技術開発方面からのサービス各種。
同年末、西堀酒造㈱にて家業を継ぐべく参画。

 

暫定解およびプロセス

2016-2017頃

独立後仕事を行う中で、従来触れることのなかったフロントエンド技術や周辺技術を習得してきた。
未知のIT技術への興味と習得・実践が主眼であった。
IT技術者の需要と案件は非常に多く、IT技術スキルが現代経済社会において価値を持つ事実も実感した。
と同時に、やりがい・面白さ・充実感を実感する仕事と、方便として効率的に機能する仕事とは全く別物であると再認識もした。

非常に浅くはあるが、IT技術分野を概観した中で暫定的に結論づけたことは単純だった。
IT技術は、要するにツールでしか無い。
日進月歩で技術は栄枯盛衰するし、特にIT技術の分野はそれが甚だしい。
たとえば特定のプログラミング言語のみに習熟することはナンセンスであるし、そのような未来に移行していることは最新動向から自明である。
私自身、大学院進学も全く考えていなかったような人間であり、高度に専門化された知識分野を追究したいという性格ではない。

何といっても、自分の中での大きな認識転換の契機は、フロントエンド技術習得期における数々のオープンソースとの出会いだった。
世界中の技術者が情報を公開・共有し、ブラッシュアップして発展させていくオープンソースは、一般的利用で考えうるほぼ全ての機能が実現されていると言っても過言ではない。

無料で公開されている有益なWEBサービスは世界中に存在し、黎明期のようにゼロからあえて自作していくこだわりは自己満足や趣味の領域に近い。
人生時間を何十倍しようとも、世界中で開発される技術の等比級数的な発展速度に追いつけるはずがないとよく分かった。
そのような速度の中において、人間はテクノロジーに対して無力である。
そして、新たな技術発展が新規産業やビジネス形態を喚起し、特定の価値観を形成し人間がテクノロジーに要請され配置される感覚、ハイデガーの「Ge-stell(ゲシュテル)」を想起した。

話題になっているエネルギー技術然り、軍事技術然り、技術の発展に対して人間は無力であるという事実を認識した上で、為すべきことは何か。
それは、「各技術の功罪を理解しながら運用すること」に尽きる。
技術そのものを否定することはできないし、運用をいきなり辞めるのも非現実的である。
だからこそ、できるかぎり運用段階で必要となるレベルまで各技術を理解する姿勢が必要であり、その技術を運用するかどうかの取捨選択の判断を人間が握る必要がある。

IT技術は目的達成のための手段であり、それ自体に価値はない。
問題は、その技術がどんなメリット・デメリットをもたらすかという観点である。
つまり、どんな問題・課題を解決したいか、どんな応用をしたいかという目的の観点が不可欠になる。

現代のIT技術を粗く総括すれば、「一定のITリテラシーと時間さえあればググって大抵の物事は解決できる状態」にあるといえる。
各IT技術の基礎研究的な領域の開拓は、世界最高峰レベルの一部の高度技術者で十分である。
現実、一般的なITエンジニアにそこまで求められていないし、非効率である。
だからこそ、必要になれば都度ググって実装して何とかする「DIY精神」こそが現代の「ITエンジニア」に求められているという結論付けに達した。

他方、世の中はあらゆる課題に溢れている。

ITエンジニア的観点に立てば、日本の99%以上を占める中小企業のIT化は驚くほど進んでいない。
IT技術導入によるメリットは自明であるにも拘らず、なかなか導入や運用は進まない。
やはり、原因は「IT技術を理解し運用する人材の不足」だと考える。
外部委託による能動的ブラックボックス化にハマり、不利益を被る事例も少なからず見かける。

生産性向上を今後ますます強いられることになる日本企業に必要となるのは、企業内のIT人材ではないかと思うに至った。

このような経緯から、「開発者」としてのキャリア、システム開発のバックエンド技術の世界から、個人事業でのフロントエンド技術の世界を経て実践してきた、IT技術という「ツール」の習熟活動は一旦停止することとした。
そして、「(企業内)IT人材」の育成こそ、直近の日本社会にとって必要だと思うに至っている。
IT技術を理解し運用する人材とは、「プログラマー」を意味しないし、文系でも十分である。
これは、元アナログ人間でIT技術に苦手意識しかなかった自身の経験からよく分かることでもあるが、いかに初心者がもつハードルの感覚を下げられるかが課題である。

そして、IT技術そのものの追究や開発作業に一定の見切りを付け、改めて問い直すこととなった。
単なる有限の1個体にしか過ぎない自分は、世に対して何をすべきか、何をしたいのか。
常に「最新」が要請される変化が目まぐるしい業界で、自分の感覚が麻痺していた。
やはり、人文科学的見地に立脚することが自分にはしっくり来ると気付いた。

家業の「酒造業」は昔から、宿命として受け入れ継ぐことは予定していた。
IT企業に勤めたのも、敢えて対極の業種の世界を知りたかったという動機が大きかった。

ロジカルに考えれば、日本酒醸造の世界は大手を除き労働集約型の前近代的な産業。
国内消費量は人口減少と嗜好の変化に伴い落ち込みが激しい。
効率的なROIは中々見込まれず、もし新規事業を始めるならば別の業態をとるものと思われる。
正直、「はい???」と思うような慣習や価値観は他の業界同様、たしかに存在する。

しかしながら、現代においてとても面白い可能性を秘めていると感じる
やりがいや充実を感じるモチベーショナルなものである。
「数字と論理」が力を持つ現代社会が失いつつある人文科学的要素が残されているとも感じる。

従来のデスクPC系作業とは対極の、体育会系の部活の清々しさを彷彿とさせる世界。
論理的な0-1のビット世界ではなく、手造りでアナログの、有機的・生物学的世界。
完全システム化(全自動機械化)は現実的に不能、変数は実無限。
経験知の重要性、多岐にわたり受け継がれている職人の叡智の数々。
時代を超えて今があるという先人の遺志の感覚。
アウトプットされる成果(=酒)がリアルで、お客さんの反応もダイレクトな「ものづくり」の世界。
嗜好品ならではの快さ・楽しさとの親和性。

要するに、酒は人間の繋がりや豊かさをもたらす、人類文化に欠かせない感性的なモノだということ。
人類史における「酒」という嗜好品は、有史以来先人が築き上げてきた文化的産物であり、嗜好品文化の一角として数々の世界史を創造してきた。

酒蔵の人間である以上、日本酒文化の創造と発展に貢献する使命がある。
現代日本において、たまたま酒造りという営為にチャレンジできるだけでありがたい。
新たな文化創造への道が開かれていると思うだけで面白い。

嗜好品の持つ「プラスα」「剰余」の概念。
より良く、より快く、より面白く

何というか、今の世の中、真面目すぎる。
面白さやENJOY感覚、エンタメ性が欠けている。
エピクロスではないが、この世は(広義の)「快」の追究がすべてである。
その究極目標に向けて人々はみな、頑張っているはず。

快を肯定し、その「プラスα」を増大することこそが、有限時間における人間の生ではないか
最終的に面白くなければ、楽しくなければ、意味がない。

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