哲学に必要なメンタリティとは

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哲学に必要なメンタリティとは

哲学は古代ギリシャのタレス等に始まる、「知的探究運動」と一般に言われている。
ギリシア語の『フィロソフィア(philosophia)』、つまり「知恵(sophia)を愛する(philein)者」という意味からも分かる通りである。

哲学とは何かという問に端的に回答するならば、それは「真理の探究」ということができる。
真理・本質は何か。
常に問いを立て続け、遡りながら概念創造と論理連関を構築し続ける活動といえる。

その点では、いわゆる自然科学も同様の探究活動であり、例えば理論物理学は、宇宙の真理をサイエンスで探究し続ける活動である。

それでは、哲学が他の科学等と異なる部分は何なのか。

思うに、哲学に固有の特徴は、「常識を疑うこと」にある。
既存の概念、固定観念、常識、前提をもいったん再考の範疇に入れ、そもそも論を展開する姿勢がある。

その意味で、世に対して一種「挑戦的」であり、「迎合」よりむしろ「反体制」の精神が必要となる。
つまり、自ずから敢えて常識(多数派)の道を採らず、異端(少数派)の道を進む姿勢。

例えば、哲学的スタンスにおいては、近代科学そのものを疑うこともする。

ともすれば、義務教育に於いて「科学」ならびに「数学」は「正しいもの」の如く教育されてきた。
それぞれの共通認識の上に成り立つ数多の理論は、現実世界への応用可能性に満ち、様々な技術発展に貢献してきたことは事実である。
しかしながら、そうした「100%確からしいもの」には、説明できない部分や反例が少なからず存在する。

哲学では、ある科学が前提としている認識それ自体を検証にかけることをする。
体型のピラミッドのブロックを積み上げていく活動よりも、ピラミッドの基盤・土台そのものを再構築する活動に近しい。

このような、大前提、そもそもそれを共通認識としなければ話が進まないような事柄を問うものが哲学の大きな特徴である。
哲学には様々なカテゴリーがあるが、通底する精神は同じだと思う。

これはゼロからの構築の場合もあるし、破壊と創造の無限ループの可能性すらある。
得てして、エネルギーが非常に要る。
古代から現在に至るまで、古今東西いかなる叡智を以てしても、哲学の世界において「100%正解」という思想や概念は未だなお出ていない。
哲学者は自虐的にそれを認識していると思う。

だからこそ、「哲学者Aの思想とはBということである」のような、暗記ゲームの如き知識ストックに回収されてはならいない。

哲学書を読んで考える時に心がけていること。

各哲学者の論の内容そのものは二の次三の次。
遥かに重要なのは、その哲学者の生きた時代背景、出来事、環境、歴史に於ける思考の軌跡を追体験することである。
そして、そのメンタリティや確信の意気を感じ取ることにあると思う。

哲学に必要なメンタリティ。
それは、「アンチテーゼ」の精神

2018-04-10T12:31:38+00:004月 1st, 2018|哲学|